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作家 ヒューマンデザイン・システム認定プレアナリスト+LYDガイド 市川丈夫のBlog

【ヒューマンデザイン】新島八重は愛のために働く

ヒューマンデザイン ヒューマンデザイン人物分析
八重の桜 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)

八重の桜 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)

 

2013年の大河ドラマ「八重の桜」も今夜で最終回。このドラマの主人公、新島八重の人生を観るに、いったいどんな人生の目的を担って生まれたのかと思い、チャートを出してみました。新島八重は、西暦1845年12月1日(弘化2年11月3日)会津生まれ。出生時間は判らないため、どの時間帯でも変わらぬ部分を確かめたうえで、話を進めます。

八重の桜 後編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)

八重の桜 後編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)

 

人は、30歳前後まで挑戦と失敗を繰り返すものですが、新島八重の場合、それが強く出る人のようです。たしかに23歳で会津戦争に自ら銃を持って従軍し、敵に捕らえられた夫と離ればなれになり、26歳で離別と過酷な人生ではあります。

そして八重の人生が開花する時期は、1894年(明治27年)11月7日以降と出ています。この年、49歳の八重が何をしていたかと云えば、同年7月から始まった日清戦争の篤志看護婦として働いていたとのこと。後年、その功績を称えられて受勲もしていますから、まさに人生が開花して、社会の模範になったわけですね。

また新島八重は「大切なことはすべて友人がもたらしてくれる」人でもあり、「家族関係が人間関係のベースになる」人でもあります。たしかに実兄を頼って京都に移り、兄の知り合いだった新島襄と結婚し、さらには新島襄と同じ伝道組織の宣教師と女学校を立ち上げる等、身近な人をキーパーソンとして、人間関係を広げていったようにも思えます。新島襄の死後、同志社と距離を置いていったのも、人間関係のベースとなる身近な人(=新島襄)がいなくなったせいでしょうか。

八重の桜 完結編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)

八重の桜 完結編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)

 

また八重は、「無意識に愛のために働く」「仕事と休息を必要とする」力をもって「人々の模範となる」力がフルパワーで発揮されるとも出ています。「愛のために働く」は、いかにも看護婦さん的ですが、当時、待遇の悪かった看護環境の改善に取り組んだと云うエピソードも、ただ一方的に傷病兵を看護するだけではなく、自分と仲間の看護婦たちも愛し、休息も求めると云うことなのかなと。

ヒューマンデザインで見ると、新島八重は他者への愛だけではなく、自己愛とのバランスにも長けていた人のようにも思えます。そういった視点でドラマを観直したり、八重の史伝を読むのも一興かもしれませんね。