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作家 ヒューマンデザイン・システム認定プレアナリスト+LYDガイド 市川丈夫のBlog

「失敗しないとわかっていたら、どんなことをしてみたい?」「それでも僕は夢を見る」

失敗しないとわかっていたら、どんなことをしてみたい?

失敗しないとわかっていたら、どんなことをしてみたい?

 

ジョン・C・マクスウェルの「失敗しないとわかっていたら、どんなことをしてみたい?」を読了。近年では、失敗こそ学ぶべき価値があるとする「失敗学」や、失敗から立ち直る「レジリエンス(復活力)」の重要性が唱えられていますが、本書もどうやって失敗に向き合い、それを学びとして捉え、後の人生に活かすかを説いた一冊になっています。

先日も、修学旅行のバスを手配し忘れた旅行会社の人が、その「失敗」を隠そうとして露見し、さらなる「大きな失敗」に至った事件がありましたよね。たしかにそんな失敗をしてしまったら、隠したくなる気持ちも分かるのですが、そこはもう勇気をもって公表した方が楽になれるし、いったんは責められたとしても、周囲がなんとか協力してくれるし、事態も収拾できる……と信じることが大切だなと。本書の言葉を引用するなら、

どんなに牛乳をこぼそうと、牛をなくさなければ、大丈夫。(p10)

……なのです。

たぶん30年前なら、失敗を隠すことも容易だったのです。でも今の時代にはインターネットがあり、誰もが携帯電話を持っています。目の前で起きたことを写メに撮り、一瞬にして世界中へ発信することも出来るし、その記録はほぼ永遠に残り続けてしまう。ものすごく嘘がバレやすい時代だし、真実が伝わりやすい時代でもあるのです。時々それを理解していない政治家、企業、有名人が、自分たちの失敗をごまかそうとする様にも出くわしますが、結局はバレてしまうのを見ると、ああ、30年前と同じ気分でいたんだろうなあ……と云う残念な気持ちにもなりますね。

だからこそ自分が失敗したら、その恥が世の中に拡散されて、世界中の人から嘲笑されてしまう……と云う恐怖も理解できます。それでも、失敗を恐れていては何もできないし、幸福感も得られない。失敗を恐れるあまり、やりたいことに手を出さず、死ぬ間際になって後悔の念と向き合う……と云う物語は、最近話題の「それでも僕は夢を見る」そのものだったりします。

それでも僕は夢を見る

それでも僕は夢を見る

 

僕自身をヒューマンデザインで見ると「楽観的に自分の失敗を語る」と云う要素があります。たしかに「いや~、こないだこんな失敗しちゃったよ」と話すことはままあり、小さな失敗を告白することは、さして恥ずかしいとも感じません。さすがに修学旅行のバスを手配し忘れたら、青ざめて、自分の無能さにどんより落ち込むけれど、結局は誰かに話すと思います。

ただ以前「私にとって失敗は許されないんです」と仰る方ともお会いしたことがあります。そういう方は、失敗しないよう万全を期すのでしょうが、それでも失敗した場合は自分に失望してしまい、立ち直りも遅いかもな……と思ったり。

自分がどれだけ失敗してもいいかについては、以前にも書いた大相撲(15戦)を例にすると良く分かります。僕の場合「人生は8勝7敗でもいい。最終的に勝ち越せればいい」と思うのですが、「0勝15敗でも人生に意味はある」と仰る方もいて、上には上がいるなあ!と思ったものです。

田中芳樹先生の「銀河英雄伝説」では、皇帝ラインハルトの「百戦して百勝ともいくまい」 と云うセリフがあります。すべての戦いを完璧に勝利しようとしても無理があり、敗北をも学びに変えれば、すべての経験が価値あるものとなり、それはそれで完璧になると思うのです。

本書では、失敗とは逆に「成功」についても触れていますが、「成功」とて100%価値あるものとも限りません。いったんノーベル賞を獲ってしまった人のほとんどが、その後、大きな功績を挙げていないと云う事実は「大きな成功=それ以上の成功を求めなくなる=人生の終わり=墓場」であることも示しています。

どれだけ失敗を許せるか、どれだけ成功から離れられるかも、その人を示すひとつの目安だと思うのです。

失敗学のすすめ (講談社文庫)

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失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

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レジリエンス 復活力--あらゆるシステムの破綻と回復を分けるものは何か

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