NO PLAN NOTE 

作家 ヒューマンデザイン・システム認定プレアナリスト+LYDガイド 市川丈夫のBlog

ウェイン・クリッツバーグ「アダルトチルドレン・シンドローム」

アダルトチルドレン・シンドローム―自己発見と回復のためのステップ

アダルトチルドレン・シンドローム―自己発見と回復のためのステップ

 

最近、アダルトチルドレンや毒親に興味が増し、この問題の古典でもあるウェイン・クリッツバーグの「アダルトチルドレン・シンドローム」を読んでみました。なぜ興味が増したかと言えば、やはりヒューマンデザイン。僕自身が「人生の初期に基本的人権が否定される場面に出会う」とあったのです。

これは必ずしも、自分自身の人権が否定されるだけではなく、周囲の人が否定される場面に遭遇する場合もあるようです。ただどうやら僕の場合、やはり自分自身が否定されていたんだな……とじわじわ幼少期の痛みを理解し始めました。

と言っても、別に虐待を受けたわけではありません。アダルト・チルドレンとは元々アルコール依存症の家族のもとで育った子供を指しますが、我が家はそんなこともないのです。そういった環境なら分かりやすく認識できたでしょうが、むしろ「えっ、あれが?」と思うようなささいなことが「否定」だったようです。

本書の監訳者・斎藤学氏は、非アルコール依存症家族で育ちながら心に傷を負った子供を「トラウマ・サバイバー」と名付けています。もしかして僕自身もサバイバーなのでは?と思ったのは、本書で紹介されているアダルトチルドレンの6タイプのうち「不在役(ロストチャイルド)」と呼ばれるものが妙にしっくり来たから。

この「不在役」の特徴は以下の通り。

・家庭でも学校でも、なるべく目立たないよう行動してきた
・「素直な子」とほめられるよう行動してきた
・自分の存在が忘れられているように感じてきた
・大勢のなかにいるより、ひとりきりで過ごすほうが好きだ
・自分を表現したり意見を主張するのが苦手だ
・孤独感を感じることが多い
・自分はいなくてもよい存在なのではないかと感じることが多い
・人生に生きる意味があるなんて思えないことがしばしばある

 (アルコール薬物全国市民協会サイトより)

これすべてが自分に当てはまるわけではありませんが、子供の頃を思い返すに、波風立てずに生きてきたのは事実です。その原因は、どうやら親との関係にあったようです。

 

僕の祖父と父はスポーツが好きで、幼い僕にも野球をやらせようとしました。祖父などは、僕が右利きなのに、わざわざ左利き用のグローブを買ってきて、左投げ投手にしようとしたほど。ところがあいにく僕はスポーツが苦手で、キャッチボールも全然できなかったわけですよ。父はその時のことを今でも思い出しては「あれじゃダメだと思ったw」と笑うのですが、どうやらその失望が子供の僕に伝わり、自己評価が低くなってしまったようなのです。自分はダメな子供だと。

 

一方、母親はまったく本を読まない人。僕が大切にしていた本も、黙ってばんばん捨てる人でした。こうなると自分の聖域や安全圏が確保できず、いつも誰に危害を加えられるような恐怖に脅かされるようです。今でも母親に自室に入られるのは抵抗あるんですが、なるほど、何をしでかすか分からない対象として見ているんだな……と納得してしまいました。

 

しかしこういった事実を理解しても、「おのれ!」と親を恨む気持ちは湧いてこないんですな。祖父や父は、自分がスポーツ選手になれなかった気持ちを僕に託したかったのだろうし、母は本の大切さを知らなかったんだと思えば、まあ仕方ないと。

 

自分に対しては、そういう辛い目に遭った割には、よくここまでやってきたねえと言いたくなりました。自己評価が低い一方で、早い時期に「文章を書くのだけは得意だ」と気づき、そこを伸ばして今、作家になっているわけですから、まさにトラウマを受けつつもサバイバーとしてうまいこと生き残ってきたなあと。

実際、子供の頃の自分(傷ついていない自分、ワンダーチャイルド)と話してみると云う治療法も載っており、そうやって子供の頃の自分を褒めてやるうち、胸が痛くなってきたのはなんでしょうかね……

 

・親子や家族、夫婦関係で悩まれているようでしたら、

 ヒューマンデザインの個人分析・基礎講座を受けてみませんか?

 ご興味があれば是非 takeo.ichikawa@gmail.com へご連絡ください。