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作家 ヒューマンデザイン・システム認定プレアナリスト+LYDガイド 市川丈夫のBlog

【夢日記】冬至の夜、山から下り、参道を歩く

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昨夜(冬至)の夢。僕は、どこかの山の上から車で下りてきた。車は、軽のミニバンタイプで、色は黒。僕は後部座席に座り、運転していたのは別の男性だったが、それでもこの車は自分の車だという認識があった。ところが道の先は、鞍馬神社を思わせる急な階段になっていて、そのままでは下りられない。はてどうすりゃいいんだ?と思っていると、運転手が、階段脇に付けられたチェーン(鎖)の付いた機械を教えてくれた。そのチェーンを車に結びつけ、金属製のレールに沿って動かすと、車も階段下に下りられた。僕は、使い終わったチェーンを、階段下にあった事務所に返し、そこからは、徒歩で歩き始めた。階段下は、やはり神社かお寺の参道のようになっていて、かなり狭いが、お正月なのか、大勢の人で賑わっている。僕は、女性たちが忙しそうに働く書店を通り抜けていくと、人混みの中から子供の「ええ顔してはるなあ」と言う声が聞こえた。僕はその子にお菓子をあげようと思って……目が覚めた。00:15。

ドリームブック 夢辞典(改訂増補新版)

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夢の中の「山」は、高い見地から周囲を客観的に見渡すこと。「車」は自分自身。そして「山を下りる」も「車で道を下る」も、間違った方向に進むことを意味しますが、昨夜の夢はなんとなく、山上の「神社かお寺」=聖なる場所で修行が終わり、下山してきたような感じでした。ヒューマンデザイン的にも、今の自分は客観性を養う屋根から下りる時期ですので、そっちかなと。そして「後部座席に座る」というのも、すごくヒューマンデザインっぽいんですよ。なにしろヒューマンデザインでは、ハンドルを握って人生をどうにかしようとするのではなく、後部座席に座ったつもりで人生を手放し、人生が無意識に移りゆく様を観察するものなので。そして車の色は「黒」。これも無意識を表す色ですねえ。「鎖」は強さでもあり、束縛でもあり。階段を下りるには「鎖」の助けがいるけれど、いったん下りてしまえば「鎖」に縛られる必要はないと。「歩く」は、人生の道に沿って進むこと。その先には「書店=本」=自分の人生の目的がある。「子供」は、自分の無垢な側面。それも喜ぶ。そんな感じですかね。

前回の夢日記は「タクシーに乗る」=一時的に借り物の車に乗る、でしたが、今回は自分の車に乗り、さらに車から降りて歩き出しました。それも今の流れなのかも。