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作家 ヒューマンデザイン・システム認定プレアナリスト+LYDガイド 市川丈夫のBlog

【夢日記】失敗しただけで負けたわけではない

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昨夜の夢。僕は夜中に、山の上のような場所にいた。核戦争が起きたので、街から避難したようだが、夜空を見上げても核ミサイルが落ちてくる気配は無い。ただ、遠くに見える街は火事になったように赤く光り、そちらの方から、切迫した声が聞こえている。

そのうち僕は、どこかの駅ビルに入り、エスカレーターで書店フロアに上がった。

立ち読みをしているうち、書店内のテレビにニュースが映り、日本が戦争で失敗したと伝え始めた。真珠湾奇襲のような華々しい作戦をやろうと思ったら、たいした戦果が上がらなかったらしい。本来なら戦勝報告をするはずだったニュース番組では、日本が勝つと思っていた出演者たちが作戦失敗を嘆き悲しんでいる。

僕は、いや作戦が失敗しただけで戦争に負けたわけじゃないだろうと思いつつ、作戦指揮官がいるホテルの部屋を訪ねた。すると一緒に年配の女性もついて来て「私もまだ負けたとは思ってないのよね」と言う。僕と女性は、山本五十六みたいな風貌の指揮官の部屋に入り、これからどうするおつもりですか、と訊ねたあたりで目が覚めた。06:30。

ドリームブック 夢辞典(改訂増補新版)

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夢の中の「戦争」は、自我と自我の戦い、または自分自身を拒絶することを意味しています。「山」は、全体的に把握する能力。魂の気づき。「エスカレーターで上がる」は、最良の選択で最良の方向に進むこと。「書店=本」は、今生での人生の目的。「テレビ」は、人生を観察する手段。「軍人」は、導き。

なんでしょうね。どこかで「戦争」=エゴ同士のぶつかり合いが起きているけれど、僕はそこから離れて、山や高いビルに上がり、全体を把握している。それがベストの選択であり、人生の目的でもあると。「戦争」に夢中だった人たちは、失敗した失敗したと騒いでいるけれど、周囲から客観的に観察すれば、単に一回失敗しただけであって、戦争そのものに負けたわけではない。これから幾らでも巻き返せるし、なんなら戦争そのものを止めてしまえばいい……ってことかなと。

銀河英雄伝説』の中で、皇帝ラインハルトが、敗北した部下に対して「百戦して百勝というわけにもいくまい」と慰める場面がありましたが、まさにそれが大局観だと思うのです。大相撲で言えば、15戦15勝しなくてもいい。3敗しても12勝して優勝すればいいわけです。しかし1つの負けも許せないと思ってしまうと、1敗した時点で意気喪失してしまう。あるいは1敗もしてはいけないと堅くなってしまったり、全勝優勝に固執してしまったりする。僕は「肉を切らせて骨を断つ」という言葉が好きなんですが、それも、自分の一部を犠牲に出来る余裕があればこそだと思うのです。でも自我(エゴ)の戦争をしている人たちには、それが出来ないんでしょうねえ……