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作家 ヒューマンデザイン・プロフェッショナル・アナリスト 市川丈夫のBlog

「自己を知るヨーガ」食物が心を作る

自己を知るヨーガ―スワミ・サッチダーナンダ講話録

自己を知るヨーガ―スワミ・サッチダーナンダ講話録

 

仕事の合間にネット古書店で購入した「自己を知るヨーガ」(品切絶版)を読んでいます。同著者の「インテグラル・ヨーガ」は理論的な本でしたが、こちらは講話集なので、最初から読む必要もなく、目に留まったところからひとつずつ読んでみたり。

 

本書の中でなるほどと思ったのが「食物が心をつくる」という章。著者はやはりヨーガの師ですから、できるならすべての肉と動物性脂肪は食べないようにしようと説いています。可能な限り、穀物、野菜、果物を食べましょうと。

こういったベジタリアン的主張に対して「動物を殺すのはだめで、野菜を殺すのは良いのか」「植物にも命はある」「そんなに命が大事なら、微生物も大事にしろ」といった反論を見かけるのですが、どうもそういうことではないようなのです。

 

著者曰く、問題は「そこに命があるかないか」ではなく「そこに痛みが生ずるかどうか」だそうなのです。勿論、動物にも野菜にも命はある。けれど動物にははっきりとした意識があり、殺される際に痛みを発してしまう。けれど植物には、動物ほどの意識は無いので痛みも生まない。果物ともなれば、熟すれば勝手に枝から落ちてきて「はいどうぞ、食べてください」とまで知らせてくれる。そういう食物を口にしましょう……という考え方だそうなのです。

 

恐らくこれ、インドに伝わるアヒンサー(非暴力主義)から来ているのでしょう。マハトマ・ガンディーもインド独立の際にこの考え方を基盤としていましたが、なるほどそういう観点からの菜食主義なのだなあと今更ながら理解しました。

たしかアヒンサーを貫いている人は、自分の前をホウキで払いながら歩き、虫を踏み潰さないようにしているとか。勿論これはあくまで古代の、まだ顕微鏡が無い時代の思想ですから、たとえホウキで掃いても微生物は踏み潰しているわけです。しかしそこに痛みはあるのか?微生物を踏み潰してあなたは痛みを感じますか?と問われると……やっぱり、なるほどなあと思ってしまうのです。

 

無論、著者も「肉しか食べる物が無い北極圏のエスキモーにこの説教をしようとは思わない」と書いており、できる人だけが自分の意志でやれば良いと説いています。また「お客さんが肉を食べたい時はどうすればいいのか」等の疑問にも鷹揚に答え、周囲に菜食を強要したり、肉を食べる人を蔑視するのは、それはそれで良くないことだとしているのが好印象。

そんな僕の夕飯は鶏肉の炒め物でしたが、まあ年齢的に、もう肉が食べたい年頃でもありませんし、特にアヒンサーを貫くまでもなく、次第に野菜・穀物中心の食事にした方が良いのだろうなあとは思っています。はい。

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