NO PLAN NOTE 

作家 ヒューマンデザイン・プロフェッショナル・アナリスト 市川丈夫のBlog

【夢日記】2人続けて、溝を超える、来年30歳

Suicide?

11月14日夜の夢。僕は、どこかの予備校にいた。建物の外にいると、屋上から誰かが飛び降りたらしい。あわてて身をかがめると、上から落ちてきた人が僕の上で破裂した。僕は思わずその破片を受け止めてしまったが、すぐにそれを放り出した。そして近くの人に『2日続けてこんなことが起きるようじゃ、この学校もヤバイね』と言った。

夢の中の「予備校=学校」は、人生の学びの場。「自殺」は、自分を殺すことでもあるけれど、断念するという解釈もあるんだとか。自分のまわりの環境で、また誰かがものごとを断念するという意味ですかね。ちょっと思い当たるフシあり。

4wd

11月17日夜の夢。僕は、見知らぬ街の食堂で、ゴハンが来るのを待っていた。そこへ友人のY氏が現れ、4WDの車に乗せてくれた。車は、見知らぬ街を走るうち、道を外れて野原に入り、大きな溝に向かって行った。そこでガクン!となるかと思いきや、車はスムーズに溝を超えていく。やがて車は停車し、Y氏は僕を下ろすと『じゃあ元の場所に自分で戻って』と言う。ふと見れば、先ほどいた建物は遥か遠くにあるが、どのように行けばそこにたどり着けるかは分からない。僕は、中華街にあるような赤い山門をくぐって大きな道路に出て、その道沿いに歩こうとしたが、やはり見知らぬ街なので、本当にその道で合っているのか分からない。そうだ、地図アプリで確認しようとスマホを取り出すと、時刻はまだお昼前の11:30だった。

夢の中の「車」は、現実の自分を意味するそうです。今の自分も、4WDぐらい頑丈だと良いんですけどねえ。または他人が作った道は走らないとか。「溝」は、自分を束縛している習慣や考え方。それは簡単に乗り越えられるということですかね。「11:30」は、数秘的に考えれば、1+1+3+0=「5」=変化の数字と。

Pregnancy_012

11月21日夜の夢。僕は、知り合いのYさん(女性)と食事をしていた。Yさんは『来年30歳になるから子供を産もうと思うの』と言う。それを聞いて、夢の中の僕は、なんとなく寂しい気持ちになった。ただ、それだけ。

ちなみに実際のYさんは、すでに30歳を過ぎ、すでにお子さんもいらっしゃる。だったら夢に出てきたのは誰なんだ。Yさんじゃないのか。来年30歳になる女性、誰か知り合いにいたっけな……

【夢日記】自転車と崖、戦闘機と窓、洗剤

Pedalling through Italy .   Leica M Film

11月6日夜の夢。僕は、自転車で見知らぬ街を走っていた。ふと見ると、正面には、ほぼ垂直に切り立った崖がそびえている。うわ、これは面倒だなと思ったが、左手に迂回トンネルがあったので、そちらへ向かった。トンネルを抜けた先では雨が降っていたが、傘もささずに、そのまま走り続けた。

夢の中の「自転車」は、エネルギーバランスの必要性。「崖」は、人生の転機。「トンネル」は、新たな洞察力。新しい視点での見直しが転機になるということでしょうか。

A6M5 Zero at Yasukuni Shrine

11月7月夜の夢。僕は、広い室内にある、零戦のようなプロペラ機の操縦席にいた。これから離陸するところだったが、なかなかエンジンの回転が上がらず、機体が舞い上がらない。ようやく機体が上昇しても、窓が塞がっていて、外へは出られない。それでもまた離陸すると、室内にいた他の人たちが、その機体を下から支えてくれて、まるで御神輿のように、僕を外へ出そうとしてくれた。

夢の中の「飛行機」は、精神的な高みに舞い上がること。「窓」は、気づきや認知能力。誰かの助けがあれば、気づきが得られ、高みに行けると。

11月10日夜の夢。僕は、学校の制服を買いに、講堂のような場所に来ていた。すると学生時代の友人、K君が現れ、洗剤を差し出して『これで人間関係も洗えよ』と言う。

まあ、たしかに洗い流したい人間関係もありますなあ……

【夢日記】扉の向こう、鉄道事故、名前順

Empty classroom

10月25日夜の夢。僕は、仲間らしき人たちと一緒にバスに乗っていた。そこへ、誰かからの手紙が届き、それには、みんなが幸せになる方法が書いてあった。僕は、ああ良かったと思いながらバスを下り、学校のような建物に入っていった。しかし2階への階段を上がっていると、階下に、その幸せに嫉妬する敵?らしき男性が現れた。そいつは、拳銃を持っていて、僕は丸腰。そして他の仲間は、どこかへ行ってしまい、僕一人。しまった、もうだめだ、撃たれるー!と思い、僕は目をつぶった。しかし撃たれた感覚は無く、痛みも無い。そのうち僕は、心の中で「死ねば、もう一度最初からやり直せるじゃないか、ハハハハハ!」と笑いながら目を開き、渡り廊下の向こうの扉へ走り込んだ。それが新しい人生なのだろうか。しかし扉の向こうも、教室が連なる学校のような風景だった。そして横を見ると、しばらく会っていない、知り合いのM氏が横にいる。僕は思わず「もうついて来るな!」と叫んで、M氏の顔を殴り飛ばし……目が覚めた。

いや、なかなか強烈な夢でした。夢の中の「バス」は、自分の潜在能力。「手紙」は、情報や教え。「学校」は、人生の学び。「敵」は、自分の中の葛藤。「扉」は、自分を見つけるためのチャンス。まあ、何かしら自分の葛藤を受け容れたり、古い自分を死なせることで、次の扉が開かれる。古い自分は、もうついて来なくていい。ただ、新しい扉を開いても、その先もまた、学びが続くということでしょうか。

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10月29日夜の夢。僕は、電車に乗りながら、アプリか地図で、路線図を眺めていた。どこか遠くで事故があり、その電車は遅れているらしい。終点までは、まだかなりあるけれど、半分は過ぎていた。

夢の中の「電車」は、組織内での仕事上の進路。どこかで「事故」があり、直接巻き込まれたわけではないが、自分にも影響はある。それでももう、ゴールまで6割ぐらいのところまで来ていると。

Empty classroom

11月3日夜の夢。僕は、ヒューマンデザインの勉強会に来ていた。教室の机を並べ替えながら、受講者の名前アイウエオ順に座るから、「イチカワ」の僕は、前から2番目の席に座れば良いかなと思った。ところが一緒にいる人が「いや、市川さんが一番だよ」と言う。受講者の名簿を見ると、たしかに「ア」で始まる名前の人がおらず、僕が名前順では一番最初の人だった。へえ、珍しいなあと思ったあたりで目が覚めた。

ここでも「教室」=人生の学びが出てきますね。「机」は、研究や調査を意味するそうです。実際、一番研究している人になれれば良いんですけどねえ……

【夢日記】Yさんとの会話、面倒な旅行

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10月18日夜の夢。僕は、バーのような薄暗い場所で、知り合いのYさん(女性)と会っていた。僕が唐突に『あっちこっち行きました?』と問うと、Yさんは『海外の方に……』と言いづらそうに答えた。僕はなぜか『これからは集中ですね』『自分の中の猛獣を飼い慣らしましょう』とアドバイスした。

個人的な会話だったので、解釈するのも無粋かなと。実際こういう会話をするのかどうかも分からないし、すでに夢を通じて会話しているのかもしれませんが……

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10月19日夜の夢。僕は、電車の座席に座っていた。すでに電車は動いていたが、僕は『旅行、行きたくねえな~』と一人つぶやいていた。すると急に電車が、まるでジェットコースターのように、がくん!と急角度の坂を上り始めた。周囲の乗客は、きゃーきゃー言っていたが、僕はただ面倒くささだけを感じていた。

夢の中の「電車」は、組織内での仕事上の進路を意味します。「坂を上がる」は、正しい方向に進むこと。「旅行」は、自分を探求すること。または、自分の新しい側面を見いだすこと。自己探求は、正しいことだけれど、本人は面倒くさがっていると。しかしもう電車は動き出しているので、進むしかないと……。 

ドリームブック 夢辞典(改訂増補新版)

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【夢日記】刀と鞘、濁流、4万円

Katana

10月12日夜の夢。僕は、見知らぬ教室で、何かの授業を受けていた。すると隣の席の女性が、僕の腕をつかんで、ひねろうとしてくる。僕は『先生に見つかったら怒られるじゃないか』と思いつつ、必死に抵抗していた。やがて授業が終わると、さっきまで僕を攻めてきた女性が、一緒に飲みに行こうと言う。その女性は『 私は「刀」次第だよ』と言う。僕も『俺だって「鞘」次第だよ』と言い、僕とその女性は、覚悟を決めたような雰囲気で、夜の街に繰り出すことになり……目が覚めた。

夢の中の「教室」は、人生の学びの場。「刀」は、真実の探求、または破壊や戦い。でも男性が「刀」で、女性が「鞘」って、完全にセクシャルな意味合いですよね。そして楽しい恋愛というよりは、真剣勝負の果たし合い的な関係性なんでしょうね。または男性性の「刀」と、女性性の「鞘」の統合とか。

Muddy Flow

10月15日夜の夢。僕は、九州のどこかの街に旅行に来ていた。バスを下りて、見知らぬ街を歩くうち、茶色い水が流れる、激しい濁流のような川に行き当たった。その川では、子供たちが泳いでいたが、いやいや危ないだろと思ったあたりで目が覚めた。

夢の中の「川」は、人生の流れ。汚れた濁流ということは、あまり良い流れではないんでしょうね。その流れに乗っている「子供」は、良くも悪くも無邪気さを表しています。危ない流れに乗って遊んでいる、無知な子供たち。それを僕は観察していると。

Pulling out money from ATM

10月16日夜の夢。僕は、これから飲みに行く予定だった。二次会・三次会に行くかもしれないから、お金が要るなあと思い、銀行のATMでお金を下ろそうと思った。しかしATMの前に行って財布を開くと、4万円入っている。これだけあれば十分だなと感じ、結局お金を下ろさずに街に繰り出した。

夢の中の「お金」は、これから起きる人生の変化。「お札」なら大きな変化。数字の「4」は、パートナーとのエネルギーバランスだそうです。つまりパートナーとの間では、十分にバランスが保たれていると。で、パートナーって誰?(^_^;)

【夢日記】新規店オープン、友人、サーバル

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10月6日夜の夢。僕は、以前勤めていた書店企業の会議に出席していた。目の前には(今ではもう亡くなられた)当時の店長がいて、僕は一番前の席で『年内に新規店をオープンする』という話を聞いていた。やがて会議が終わり、僕は売り場に戻るため、いったん建物の外に出た。見知らぬ街を歩くうち、遠くに浅草寺のような赤い山門が見えた。ということは、距離からして、このあたりは蔵前だろうか、と思ったあたりで目が覚めた。そう言えば、亡くなられた店長も、名前に「蔵」が付く方だった。

夢の中の「会議」は、ものごとや、自分のさまざまな側面を統合すること。「店」は、成長に必要な手段。年内に、何かしら新しい手段が見つかるのでしょうか。それとも浅草とか蔵前あたりで何かするとか?「蔵」は、豊かなイメージもありますけど、どうかな。

10月10日夜の夢。しばらく会っていない友人のM君が現れた。彼は、犬を連れていたが『今度、家を潰すんだ』と言う。

夢の中の「家」は、自分自身。自分を潰すということは自殺?やめてほしいなあ……

Serval

10月11日夜の夢。僕は、歩いて世界各国を旅するというツアーに参加していた。もう何カ国も渡り歩くうち、参加者もどんどん減っていき、周囲には5~6人しか残っていない。そしてフランスだかドイツから(実際には行けるはずもない)アフリカへ入ることになった。何かトンネルのような通路を抜けると、モロッコのような街並みが広がっていたが、気候は、意外と肌寒かった。ぶらっとカフェに入って休んでいると、テーブルの下に大きなヒョウが潜んでいる。襲われないかな、大丈夫かなと思っていると、僕の手元に、もっと小さくて可愛いサーバル(アフリカに住むネコ科の動物)が飛び乗ってきた。そうすると、ヒョウも安心したように、テーブルの下でくつろぎ始めた。

夢の中の「旅」は、自己探求を意味するそうです。ほとんどの人が、その旅を途中で止めてしまい、長く続けられる人は、あまり多くないということですかね。でも続けるうちに、違う大陸にも行けると。「ヒョウ」も「サーバル」も、ある意味「ネコ」=女性性ですが、野生の「ネコ」だし、もしかしたら気性も荒いかもしれない。でも自己探求を続けるうちに、自分の中の荒々しい女性性も手なづけられるか、自己探求の果てに、サーバル=野生のネコ的な女性が飛び込んでくるとか? まあ、サーバルですから、模様もきれいだし、可愛いけど、引っかかれたら痛そう……みたいな人ですかね? あー、それはたしかに魅力的かも(^_^)

【夢日記】ジャコバン党、知人の息子、電話

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9月9日夜の夢。僕は、どこかの学校の生徒という設定だった。今は休み時間らしく、教室にいた同級生に『次の授業なに?』と訊くと『体育のダンス』だと言う。僕は『今さらダンス?』と、思いっきり不満げに言った。ふと教室から校庭を見ると、体育祭の練習なのか、下級生たちが『ジャコバンジャコバン』と言いながら、軍隊みたいな行進の練習をしている。なんでそんな歌を歌ってるんだ?いや命令されるがままに歌わされているのか?と思ったあたりで目が覚めた。

夢の中の「学校」は、人生の学びの場。「ダンス」は、喜びや陽気さ。または解決すべき問題を避けること。ああ、僕が嫌がったのは後者ですね。「ジャコバン党」は、派閥争いやら恐怖政治で支持を失い、テルミドールのクーデターで打倒された革命家たち。そして人生の学びの「下級生」。ああ、なるほど。誰かの笛に踊らされて、意気揚々と行進しているけれど、そのうち、ひっくり返るってことですかね。

Alone

9月11日夜の夢。僕は、知人女性の息子さんと会っていた(実際に会ったことはない)。僕が『お母さんは元気?』と訊ねると、息子さんは『ええ、まあ……』と誤魔化すように口ごもった。それを見て僕は、ああ、彼女は今、あまり健康ではないんだなと悟った。そしてその息子は『僕は1969年生まれです』と言う。いやいや、君はまだ30代だろう。1969年生まれは俺だよ、と言いかけたあたりで、妹がやって来て、僕に電話だと言う。受話器を取ると、誰かが切迫した声で、何かを訴えていたが、声が遠くて、何を言っているのか分からなかった……

これは、そのものズバリの夢かもしれません。もう何年も会っていない人なので、実際どうかは不明ですが、ある意味、虫の知らせかもしれませんね。しかしその息子こそ、実は1969年生まれの僕自身であり、自分の母性の危機を訴えているとか? また「電話」の夢は、助けを求めているか、重要なメッセージを伝えようとしているので、重要な夢だと言われています。さてその声が、本当に届くのかどうか…… 

ドリームブック 夢辞典(改訂増補新版)

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