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作家 ヒューマンデザイン・プロフェッショナル・アナリスト 市川丈夫のBlog

【ヒューマンデザイン】セレンディピティ(思わぬ発見)のオチ

Serendipity

昨日は、以前リーディングした3/5リフレクター、3/6マニフェスティング・ジェネレイターのお二人と、東京駅近くでお茶飲み会でした。先日の日記で『お客さんとは、離れるのが普通』と書きましたし、実際、一期一会的なお付き合いが大半なのですが、今回は、他のお客様をご紹介していただいたので、その御礼をお渡ししようと。

でまあ、自然とヒューマンデザインの雑談にもなったのですが、たまたま昨日集まった3人は全員「セレンディピティ(思わぬ発見)」のゲート持ちの人たちでした。科学の世界では、何かを実験しようとしたら、その実験は失敗したものの、別の思わぬ発見があった、ということがありますが、そういった予期せぬ人生経験をするのが「セレンディピティ」のゲートなのです。

この「思わぬ発見」的な人生経験とは、結末を見るまで、ハッピーエンドなのか、バッドエンドなのか分かりません。たとえば競馬に行って、他の人はみんな馬券が外れたのに、自分だけ万馬券が当たったとしましょう。やったあ!と言って喜んでいると、帰り道、悪い奴らにそのお金を狙われ、襲われてボコボコに殴られたうえ、お金もクレジットカードも盗まれてしまった。こんなことになるなら、万馬券なんて当たるんじゃなかった……というのが「思わぬ発見」的な人生経験です。

逆に、競馬に行ったけど、みんなが当たっているのに、自分だけ全レース外れてしまったとしましょう。もし馬券が当たっていたら、高級なステーキでも食べようと思っていたけど、お金が無いから、仕方ない、安い店で一杯飲もう……と思って焼き鳥屋さんに入ったら、そこで運命の相手と出会い、後に結婚することになった。あの時、馬券が外れていて良かったなあ……というのも「思わぬ発見」的な人生経験です。

つまりストーリーの、最初と最後が違う、出だしと結末が違うんです。ここはタントリック(変容的)と呼ばれる部分で、必ずヒネリが入ります。ただしその経験の中にいる間は、ハッピーエンドになるか、バッドエンドになるか分からない。最後までその経験に関わり続けないと、オチが分からないんです。途中で『この映画は、もう観る価値が無い』と思って映画館の席を立ってしまうと、最後のどんでん返しを観ずに帰ることになってしまうわけで、非常に面白く、悩ましい個性でもあります。 

実は僕自身『あの経験は、もう終わったのだろうか、オチはついたのだろうか』と、いまだに実感できていない経験を抱えています。自分がヒューマンデザインを知るよりも前の、8年前から始まった経験で、ここ2年ぐらいはほとんど動きも無いのですが、なんとなく、ずーっと心に残っている経験があるんですね。もしかしてこれは執着なのか?とも思うのですが、それほど強くもなく、ただその経験にオチがつくのを待っている状態なのかもしれません。

僕は「セレンディピティ」のゲートに、星が5つ(意識のサウスノード、意識・無意識の天王星、無意識の火星、無意識の木星)も入っているので、なかなか面白い形で表れそうなものですが、あいにくチャネルとして定義はされていないので、常時発動しているわけでもありません。多分、星か相手とのつながりで、チャネルとして定義された時、バチッ!と回路がつながってエネルギーが流れ「思わぬオチ」がつくんじゃないかと思うのですが、さてそれはいつになるのやら……

 

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